海の色が変わった。
エミセラ島を出て五日目の朝、舵輪を握っていたマリンが「来るぞ」と低く言った。わたしが甲板に出ると、水平線の向こうに濃い藍色の帯が広がっていた。潮の匂いも変わっている。塩辛さの奥に、鉄のような、古い石のような、どこか重たい匂いが混じっていた。
「暖流と寒流のぶつかる境目だ。ここから先は潮がめちゃくちゃになる。船酔いするヤツは今のうちに覚悟しとけ」
マリンの予告通り、船は午後から激しく揺れ始めた。ソレイユは早々に船室に引っ込んで「科学者は船酔いしない」と主張しながら顔を青くしていたし、わたしも何度か胃袋がひっくり返りそうになった。イグニスだけが、いつも通り甲板の隅で微動だにしなかった。この人は本当に、揺れても風が吹いても嵐が来ても、顔色ひとつ変えない。
三日間、そんな海が続いた。
八日目の夕暮れ時、わたしは灯船の舳先に立って西の水平線を見つめていた。茜色に染まった空と海の境目に、不思議なものが浮かんでいた。
「ねえ、あれ……何?」
島ではなかった。島なら海面から盛り上がるはずだけれど、あれは海面の上に——浮いている。
近づくにつれて、それが何なのかわかってきた。
船だ。
途方もなく巨大な船。いや、船というよりは——。
「教会だ」
ソレイユが船室から這い出てきて、目を見開いた。顔はまだ青かったけれど、学者の好奇心がそれを上回ったらしい。
「漂流教会。文献で読んだことがある。百年以上前に建造された巨大な教会船。動力は灯火。特定の港を持たず、多島海を漂い続ける旅人の避難所。現存する最古の灯船の一つだ」
それは、海の上に浮かぶ一つの町だった。
中央にそびえるのは、尖塔を持つ白い聖堂。その周囲を取り囲むように、木造の建物がいくつも増築されている。宿泊棟、食堂、酒場、市場、工房。長い歳月の間に旅人たちが継ぎ足し、継ぎ足し、大きくなっていったのだろう。それぞれの建物は様式も素材もばらばらで、南方の赤レンガの隣に北方の丸太小屋があり、東方の曲線的な意匠の隣に西方の角張った石壁がある。まるで世界中の島から少しずつ欠片を集めて組み上げた箱庭のようだった。
船体の周囲には小さな灯船が何艘も係留されていて、色とりどりの旗がはためいている。旗の文様はどれも違う——多島海のあちこちの島から、旅人が集まっているのだ。
「すげえ……でけえな」マリンが舵輪を握ったまま口笛を吹いた。「エミセラ島の大型商船より大きいぞ、あれ」
「着けられる?」
「誰に言ってんだ。あたしをなめるな」
マリンは器用に灯船を操り、漂流教会の船腹に寄せた。係留用の桟橋がいくつも突き出していて、旅人の船が並んでいる。わたしたちの灯船もそこに滑り込むように収まった。
桟橋に足をつけた瞬間、わたしは深く息を吸い込んだ。
匂いだ。何かが焼ける匂い。甘い匂い。香辛料の匂い。それから——煮込み料理の、とろりとした、鼻の奥をくすぐるような匂い。
「ごはんの匂いがする!」
「お前、飯の話になると途端に元気になるな」マリンが呆れた顔で言った。
「だって、ずっと船上のご飯だったから……ちゃんとした台所で作ったご飯が食べたい!」
桟橋から階段を上がると、甲板通りと呼ばれるらしい広い通路に出た。左右に店や工房が並び、旅人たちが行き交っている。カンデラ島では見たことのない服装の人たちがいた。南方の日焼けした肌の商人、北方の毛皮を纏った猟師、東方の刺繍入りの衣を着た吟遊詩人。
わたしたちが通り過ぎると、何人かが振り返った。イグニスの暗い灯火の色に反応したのか、あるいはわたしの巫女の装束が珍しかったのか。
「旅人か。ここは初めてかい?」
通路の脇に簡易な受付台があり、日に焼けた中年の女性が声をかけてきた。
「はい、初めてです。ここは、誰でも泊まれるんですか?」
「もちろんだよ。漂流教会は全ての旅人に開かれている。宿泊は食堂棟の二階。食事は一日三回、食堂で出るから自由に食べていい。ただし、滞在の間は教会の掟を守ること。争いは禁止。灯火の強奪は禁止。出て行くときは来たときより綺麗にしていくこと。それだけだ」
「ありがとうございます!」
通路を歩きながら、わたしはきょろきょろと周囲を見回した。旅人の数は予想以上に多い。すれ違う人々の灯火はさまざまな色をしていて、明るいもの、暗いもの、穏やかなもの、激しいもの。どの灯火にもそれぞれの旅の物語が宿っているのだろうと思うと、胸が温かくなった。
食堂棟に向かう途中、聖堂の前を通りかかった。白い壁と高い尖塔を持つ、古い様式の建物だ。入り口の上に、灯火の紋章が刻まれている。
その聖堂の前庭で、一人の女性が旅人の手当てをしていた。
膝をついて、横たわった老人の胸に手を当て、灯守りの光を注いでいる。穏やかな緑がかった灯火が、手のひらからそっと溢れて老人を包む。上手な灯守りだった。わたしの目から見ても、灯火の流れ方がとても滑らかで丁寧だ。
その女性の横顔が見えた瞬間、なぜか胸の奥がざわっとした。
波打つ深い栗色の髪を一つに編み、白い巫女の上衣を着ている。二十歳前くらいだろうか。柔らかな顔立ちの中に、どこか陰りのある――疲労とも悲しみともつかない、静かな翳りを宿した目。
知らない人だ。会ったことはない。
なのに、灯火が反応した。
手のひらの中にある、母さんが残してくれた灯火が。ほんの微かに、温かく揺れた。
女性が老人の手当てを終え、顔を上げた。
目が合った。
女性の瞳が大きく見開かれた。治療を終えたばかりの手が膝の上で固まり、顔から血の気が引くのがわかった。
「あなた……」
かすれた声。
女性がゆっくりと立ち上がった。わたしを見つめる目が、信じられないものを見たように震えている。
「ルナちゃん? エレナの娘の?」
エレナ。
それは――母さんの名前だった。
正確には、母さんの巫女としての名前。カンデラ島では巫女は即位の際に灯火の名を授かる。母さんの灯火の名はエレナ・カンデラ。島の人たちは「アリシア」と呼んでいたけれど、巫女の世界では「エレナ」の名が使われる。
母さんの名を知っている人に、わたしは初めて出会った。
島の外で。海の上で。こんな場所で。
「あの……どうしてわたしの名前を……」
「灯火だ」女性の目に涙が滲んだ。「灯火が……エレナさんとそっくり。太陽みたいに明るくて、温かくて。一目見て、わかった」
女性がわたしの前まで歩み寄ってきた。近くで見ると、目尻に薄い隈があった。長い間、ちゃんと眠れていないのかもしれない。
「ごめんなさい、驚かせて。わたし――」
女性は一度唇を噛んで、それからまっすぐにわたしを見た。
「リラ・ファナル。ファナル島の、元巫女よ。エレナさんの――あなたのお母さんの、弟子だった」
リラ・ファナル。
その名前を、わたしは知っていた。
おばあちゃんが話してくれた。十年前、母さんの旅に同行した弟子がいたこと。消灯域の手前で脱落し、一人だけ戻ってきたこと。そのあと島には帰らなかったこと。
母さんの旅を知る、たった一人の人。
「リラ、さん……」
声が震えた。自分でも驚くほど、震えた。
灯火が胸の奥で大きく揺れて、目の奥が熱くなった。

リラさんに連れられて、聖堂の隣にある小さな部屋に入った。リラさんが漂流教会で使っている部屋らしい。質素な寝台と、薬草の棚と、古びた灯守りの道具が几帳面に並べられていた。
わたしたち五人が入るには狭かったけれど、イグニスは入り口に立ったまま壁にもたれ、マリンは窓枠に腰かけ、ソレイユは棚の薬草を興味深そうに眺めていた。
リラさんが椅子を勧めてくれたけれど、わたしは立ったままだった。座ったら、膝が震えているのがばれそうだったから。
「ルナちゃん……ごめんなさい。本当に突然で、驚いたわよね」
「いえ、わたしも驚いて……リラさんが、ここにいるなんて」
リラさんは両手を膝の上で握り、しばらく沈黙した。それから、ゆっくりと話し始めた。
「十年前。わたしはファナル島の巫女の家系に生まれたの。才能は……正直、平凡だった。でもエレナさんに憧れていた。ファナル島の聖堂にエレナさんが立ち寄った時、弟子にしてほしいと頼み込んだの。エレナさんは笑って、『いいわよ』って」
母さんの笑顔が浮かんだ。きっと、わたしにおむすびをくれた時と同じ笑顔だったんだろう。
「エレナさんが灯台を目指すと聞いた時、わたしも一緒に行くと言った。弟子として、当然だと思った。エレナさんは最初、断ったの。『危険だから』って。でもわたしが食い下がったら、最後には頷いてくれた」
リラさんの声が、ほんの少しだけ震えた。
「二人で出発して、いくつもの島を越えた。嵐にも遭ったし、灯火を狙う海賊とも戦った。でもエレナさんは強かった。灯火が桁外れに強くて、灯守りも、灯しも、何でもできた。エレナさんがいれば大丈夫だと思った。わたしもいつか、師匠みたいに強くなれるんだと」
リラさんが目を伏せた。
「でも、消灯域の手前で――わたしの灯火が枯渇したの」
灯火の枯渇。旅の疲労と魔法の使いすぎで、灯火が限界まで消耗すること。回復には長い休息が必要で、最悪の場合は灯火が二度と元に戻らない。
「消灯域に入れば灯火魔法が使えなくなる。枯渇した灯火で消灯域に入ったら、わたしは確実に死んでいた。エレナさんは……わたしを最寄りの島に送り返してくれた。自分の灯火を削って灯渡しをしてくれて、『ここで待っていなさい。必ず帰ってくるから』って」
リラさんの目から涙がこぼれた。拭わなかった。涙がそのまま顎を伝って、膝の上の手に落ちた。
「エレナさんは帰ってこなかった。わたしは島で待ち続けたけれど、何ヶ月経っても……。最後にはカンデラ島に手紙を出した。でも、顔を見せる勇気がなくて。あの島に行ったら、エステラさんに——ルナちゃんのおばあさんに、何て言えばいいかわからなくて」
「それで……漂流教会に?」
「ここでなら、旅人の世話ができるから。灯守りの技だけは、エレナさんに教わったものが残っていたから。せめてそれで、誰かの役に立てれば……少しだけ、許されるかもしれないって」
リラさんの声は、限りなく小さくなっていた。
「あの時わたしがもっと強ければ、エレナさんは一人で行かなくてすんだ。わたしが足手まといにならなければ、エレナさんは灯渡しで灯火を削らなくてすんだ。もしかしたら、灯台に辿り着けたかもしれない。帰ってこられたかもしれない」
部屋に沈黙が落ちた。
マリンは窓枠の上で両膝を抱え、黙ってリラさんの話を聞いていた。ソレイユは薬草の棚を見るのをやめて、じっとリラさんを見つめている。イグニスは入り口に立ったまま、表情のない顔で壁に背を預けていた。
わたしは——何を言えばいいのか、わからなかった。
母さんのことを恨んでいるわけじゃない。リラさんを責めたいわけでもない。でも、母さんが一人で消灯域に入ったと聞いた瞬間、胸の中に冷たいものが走ったのは事実だった。
もしリラさんがいなければ。もしリラさんの灯火が枯渇しなければ。母さんは灯渡しで灯火を削る必要がなくて、もっと万全の状態で消灯域に入れたかもしれない。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎって、わたしは自分に嫌悪感を覚えた。
違う。リラさんのせいじゃない。リラさんは母さんの弟子として、一緒に旅をしてくれた。灯火が枯渇するまで頑張ってくれた。それは責められることじゃない。
「リラさん」
わたしは自分の声が思ったより落ち着いていることに驚いた。
「わたしも灯台を目指してるの」
リラさんの涙に濡れた目が、わたしを見た。
「カンデラ島が沈みかけてるから。島を救うために、灯台に行く。おばあちゃんに——犠牲を払わない方法を探しなさいって言われて。だから旅に出たの」
リラさんが息を呑んだ。「犠牲を払わない……」
「お母さんのこと、恨んでません。リラさんのことも。お母さんは自分で選んで旅に出たんだし、リラさんは一緒に行ってくれた。それはわかってる」
言葉を選びながら、わたしは自分の気持ちを一つ一つ拾い上げた。
「でも、正直に言うと……複雑かな。母さんの旅を知ってる人に会えて嬉しいのと、母さんが帰ってこなかった理由に近づくのが怖いのと。両方ある」
リラさんは黙ってわたしを見つめていた。涙はまだ止まっていなかったけれど、目の奥に強い光が灯っていた。
「ルナちゃん。わたしを——連れて行ってくれない?」
「え?」
「あなたの旅に。灯台への旅に。わたしも一緒に行かせて。贖罪として——エレナさんに果たせなかった務めを、今度こそ」
贖罪。
その言葉に、わたしの灯火がかすかに揺れた。リラさんの灯火を見た。緑がかった、穏やかだけれど深い影を帯びた光。十年間の後悔を背負い続けた灯火は、その重さでどこかくすんでいた。
わたしは少し考えた。
仲間が増えることは嬉しい。リラさんは灯守りが上手だし、母さんの旅の経験がある。戦力としても頼りになるだろう。
でも――「贖罪として」という言葉が引っかかった。
自分を罰するための旅に、わたしは付き合えるだろうか。わたし自身が「犠牲を払わない方法を探す」旅をしているのに、リラさんが自分を犠牲にするための旅をしていたら、それはちぐはぐだ。
でも。
「リラさん」
「うん」
「一つだけ、お願いしてもいい?」
「何でも言って」
「お母さんの話、聞かせてほしいな」
リラさんが目を瞬いた。
「わたし、お母さんのこと、ほとんど覚えてないの。五歳の時の記憶しかなくて。旅に出たお母さんがどんなだったか、何を考えてたか、どんなふうに笑ってたか――知らないの。リラさんだけが知ってる。だから、教えて。旅の間、いっぱい聞かせて」
リラさんの目から、また涙がこぼれた。今度の涙は、さっきとは少し違う色をしていた。
「……うん。いくらでも、話すわ」
「じゃあ、一緒に行こう。贖罪なんかじゃなくてさ。お母さんの話を聞かせてくれるお姉さんとして」
リラさんが、泣きながら笑った。泣き笑いの顔は少し不格好だったけれど、さっきまでの翳りが薄くなった気がした。
「……ルナちゃん、本当にエレナさんに似てる」
「そう? 似てるって言われるの、実は嬉しいんだ」
「そっくりよ。困るくらい」
リラさんが袖で涙を拭った。わたしは笑った。笑ったら、胸の中の灯火が明るく揺れた。
うん。大丈夫。この人は、仲間になれる。
そうだ、ご飯を食べよう。ご飯を食べながらなら、もっとたくさん話ができる。
「みんなお腹空いてない? 食堂があるって言ってたよね。行こうよ!」
「食堂……確かに、船上の保存食にはそろそろ限界を感じていた」ソレイユが眼鏡を押し上げた。
「飯は大事だ」マリンが窓枠から飛び降りた。
イグニスは無言で入り口から身を離し、先に廊下に出た。護衛の習性で、常にわたしの前を歩く。
漂流教会の食堂は、甲板通りの中ほどにある大きな建物だった。天井が高く、梁に色とりどりの旗が吊るされている。長いテーブルが何列も並び、旅人たちが思い思いに食事をしていた。壁際にはかまどと調理台があり、食堂を取り仕切っているらしい恰幅のいいおばさんが鍋をかき回している。
匂いが、すごい。
煮込み料理の匂い。焼きたてのパンの匂い。炙った魚の匂い。香辛料のぴりっとした匂い。それらが全部混ざり合って、食堂全体が一つの巨大な料理みたいだった。
「いらっしゃい。新顔だね。好きなところに座りな」
おばさんが鍋から顔を上げて言った。
「あの、わたしも手伝ってもいいですか?」
口を突いて出た言葉に、おばさんが目を丸くした。
「手伝う? 客が?」
「わたし、料理が好きなんです。ずっと船の上で簡単なものしか作れなかったから、ちゃんとした台所を見たら、うずうずしちゃって」
おばさんがからから笑った。
「そうかい、そうかい。じゃあこっちに来な。ちょうど人手が足りなくてね」
わたしはエプロンを借りて、調理場に入った。大きなかまどに灯火の火が赤々と燃えていて、上には銅の大鍋が三つ。鍋の中身を覗くと、一つ目は白身魚のトマト煮込み、二つ目は根菜とたっぷりの豆が入ったスープ、三つ目は——空だった。
「三つ目は何にするの?」
「あんたに任せるよ。材料はそこにあるもの好きに使いな」
棚を見ると、食材が山のように積まれていた。各地の旅人が寄港のたびに食材を持ち込むらしく、カンデラ島では見たことのない野菜や香辛料がある。
わたしの灯火が、わくわくと揺れた。
よし。
まず、玉葱をたっぷり薄切りにした。灯しの火でじっくりと炒める。焦がさないように、弱い灯火でゆっくり。あめ色になるまで三十分。その間に、棚にあった干し肉を薄く切り、にんにくと一緒に別の鍋で炒めておく。
「いい匂いがしてきたな」おばさんが鼻をひくつかせた。
あめ色の玉葱の上に、炒めた干し肉を加える。それから、トマトを潰して入れ、水と一緒に煮込む。南方の香辛料を少しだけ——赤い粉と、黄色い粉をひとつまみずつ。味見をして、塩を足す。
「これは……何の料理だい?」
「カンデラ島の漁師煮込みです。おばあちゃんに教わったの。本当はもっと時間をかけるんだけど、短縮版で」
大鍋でぐつぐつと煮込む間に、パンの生地も捏ねた。漂流教会にはちゃんとした窯があったから、焼きたてのパンが作れる。生地に少しだけ蜂蜜を混ぜて、こんがりきつね色になるまで焼く。
出来上がった頃には、食堂にいる旅人たちが「何の匂いだ?」と鍋を覗きに来ていた。
「はい、お待たせ!」
長テーブルに、料理を並べた。白身魚のトマト煮込み、根菜と豆のスープ、カンデラ島の漁師煮込み、焼きたてのパン。わたしが作ったのは三つ目だけだけど、全部一緒に食べたら最高の夕食になるはず。
仲間たちがテーブルを囲んだ。リラさんも一緒だ。六人目の仲間になるかもしれない人。
「いただきます」
わたしがパンをちぎって漁師煮込みにつけ、口に運んだ。
ああ、おいしい。
玉葱の甘みと干し肉の旨みが絡み合って、香辛料のぴりっとした刺激がアクセントになっている。パンに染み込んだ煮汁が口の中にじわっと広がる。おばあちゃんの味には敵わないけれど、久しぶりにちゃんとした台所で作れた満足感も加わって、胸が温かくなった。
ソレイユが煮込みを一口食べて止まった。またあの顔だ。
「……非合理的だ」
「ソレイユ、その感想もう聞き飽きたよ」マリンが横から突っ込んだ。
「事実を述べているだけだ。船上の簡易な調理と比較して、味の向上率が環境差だけでは説明できない」
「美味いって言えばいいんだよ、メガネ」
「……美味い」
「素直でよろしい」
イグニスは黙々と食べていた。最初に白身魚のトマト煮込みを食べ、次に根菜と豆のスープ、最後に漁師煮込みにパンをつけて食べている。表情は変わらないけれど、食べる順番にこだわりが出てきた気がする。
「イグニス、おかわりいる?」
こくり、と頷く。わたしは嬉しくなって、大盛りでよそった。
リラさんは最初、なかなか手をつけなかった。料理を見つめて、何か考え込んでいる様子だった。
「リラさん?」
「……ごめんなさい。この煮込み、エレナさんがよく作ってくれたのに似ていて」
わたしの手が止まった。
「お母さんも、漁師煮込みを作ったんですか?」
「ええ。旅の途中で、よく作ってくれた。『ルナに教えてあげたかったなあ』って言いながら」
胸の奥が、きゅっと痛んだ。でも嫌な痛みじゃなかった。母さんがわたしのことを想って料理を作ってくれていたという事実が、痛くて、嬉しかった。
「レシピ、おばあちゃんに教わったの。お母さんのは食べたことないけど、きっと同じ味だと思う」
「同じよ。この味」
リラさんがようやく一口食べて、泣き笑いの顔をした。
「同じ味だわ、エレナさんの」
食堂のざわめきの中で、わたしたちは五人で食卓を囲んだ。マリンがパンの最後の一切れをめぐってソレイユと小競り合いをしていて、イグニスが黙っておかわりを食べ続けていて、リラさんが懐かしそうにその光景を眺めていた。
仲間が増えていく。
一人が二人になり、三人、四人、五人。
灯火は、人と一緒にいると明るくなる。おばあちゃんがそう言っていた。一人の灯火は小さくても、みんなの灯火が集まれば、暗い海の上だって照らせる。
そう信じていいのかな。
食事を終えて片付けをしながら、わたしはリラさんに「お母さん、旅の途中はどんなだった?」と訊いた。
リラさんは鍋を洗いながら、ぽつりぽつりと答えてくれた。
母さんは朝が弱かったこと。旅先でも必ず丁寧に朝食を作ったこと。海鳥に話しかける癖があったこと。灯台の話をする時だけ目が子供みたいにきらきらしたこと。
どれもこれも、知らなかった母さんの姿だった。五歳のわたしが知っていた母さんは「やさしくて、笑うと目尻にしわができるひと」だけだった。でもリラさんが語る母さんには、もっとたくさんの顔があった。
嬉しかった。嬉しくて、少しだけ寂しかった。
わたしが知らない母さんを、リラさんは知っている。
それが嬉しくて、寂しい。
夕食の後、わたしは食堂棟の一階にある酒場に顔を出した。
理由は単純で、歌が聞こえたからだ。
甲板通りの方から、弦の音と一緒に、明るい歌声が響いてきた。旅人の酒場らしく、灯火式のランプが揺れる薄暗い空間に、テーブルがいくつも並んでいる。旅人たちが酒を酌み交わし、笑い声を上げている。
酒場の奥に設けられた小さな舞台の上に、一人の男がいた。
赤茶けた髪を緩く結んで、使い込まれた弦琴を抱えている。年は二十歳くらいに見えるけれど、目元にはもっと年老いた何かが覗いている気もする。旅人らしい砂色の外套を羽織り、首元には古い灯火石のペンダントが揺れていた。
歌っている。
明るい曲だった。酒場の旅人たちが手拍子を打ち、時折一緒に歌う。吟遊詩人だ。多島海を渡り歩いて歌を運ぶ旅人。
でも、わたしの耳を引いたのは歌の曲調じゃなかった。歌詞だ。
「♪ 世界の果てに灯台がひとつ 原初の炎を宿しているよ 千年の波を越えた先に 光は今も待っている ♪」
灯台の歌。
「♪ 七つの試練を越えてゆけ 最初に問われるは記憶のこと 次に問われるは絆のこと その次に問われるは知のこと ♪」
試練の内容を歌っている。わたしは食い入るように舞台を見つめた。
「♪ されど恐れるな旅人よ 灯台は奪うのではなく試すのだ 犠牲を求めているのではなく 犠牲を超える覚悟を待つのだ ♪」
犠牲を超える覚悟。
おばあちゃんの言葉と、重なった。
歌が終わると、酒場に拍手が起きた。わたしも手を叩いた。上手だった。声に不思議な温度があって、聴いていると灯火がほんのりと温かくなる。

吟遊詩人が舞台を降りて、酒場の端にある席に座った。杯を傾けながら、にこにこと周囲の旅人たちと言葉を交わしている。陽気な人らしい。声をかけられるたびに快活に笑い、冗談を返している。
わたしは気がつくと、その席に向かって歩いていた。
「あの、すみません」
吟遊詩人が振り返った。近くで見ると、瞳は深い琥珀色をしていた。笑うと目が三日月みたいに細くなる。
「おや。可愛いお嬢さんだ。一杯おごろうか?」
「わたしまだ十五歳なので、お酒は……」
「ああ、そりゃ失礼。じゃあ果実水でも。おーい、この子に甘いやつを一つ」
吟遊詩人が店の人に声をかけると、すぐに瓶入りの果実水が出てきた。甘酸っぱい匂いがする。アクアベリーに似た青い実の果汁だ。
「ありがとうございます。あの、さっきの歌——灯台の歌ですよね」
「おっ、わかるかい。珍しいなあ、あの歌に反応する子は滅多にいない。みんな酒の歌とか恋の歌のほうが好きでね」
「灯台のこと、詳しいんですか?」
「まあね。あちこち歩いてると、いろんな歌を拾うんだ。灯台の歌は特に古い。千年前から歌い継がれてるって話だよ」
吟遊詩人はにかっと笑った。邪気のない、不思議と人を安心させる笑顔だった。
「わたし、灯台を目指してるんです」
「ほお?」
吟遊詩人の目が、一瞬だけ深くなった。笑みは消えなかったけれど、その奥に何か——鋭いものが閃いた気がした。
「灯台を。本気で?」
「本気です。カンデラ島の巫女見習いで、島を救うために灯台に行くんです」
「カンデラ島の巫女……」
吟遊詩人が低く繰り返した。果実水の杯を回しながら、わたしをじっと見つめている。さっきまでの軽い調子とは少し違う、値踏みするような——いや、確かめるような眼差し。
それは一瞬で消えて、すぐにまた陽気な笑顔が戻った。
「すごいなあ、大冒険じゃないか。仲間はいるの?」
「四人。あ、五人になるかも」
「五人! なかなかの大所帯だ。で、船は?」
「小さな灯船が一艘」
「いいねえ、冒険の匂いがする。ところでお嬢さん、名前は?」
「ルナです。ルナ・カンデラ」
「ルナか。月の名前だ。灯台に月が向かう、なんて詩的だねえ」
吟遊詩人が弦琴の弦をぽろんと弾いた。
「俺はアッシュ。しがない流れの吟遊詩人さ。島から島へ、歌を運んで生きてる」
「アッシュさん」
「『さん』はいらないよ。アッシュでいい。どうせ風来坊の吟遊詩人だ、敬うような相手じゃない」
アッシュはけらけらと笑った。笑い声がよく通る。酒場中に響くような明るい笑い声なのに、どこか空っぽな感じもする。陽気の裏に何もないような、あるいは何もかもを隠しているような、不思議な声だった。
「ねえ、アッシュ。さっきの歌の歌詞、もっと詳しく教えてくれない? 七つの試練のこととか」
「いいよ。でも全部は教えられないな。歌い伝えられてるのはここまでで、その先は『旅人自身が知るべし』って決まりなんだ」
「決まり?」
「古い歌のルールさ。全部歌っちゃったら、旅の意味がなくなるだろ?」
アッシュがウインクした。その仕草がやけに手慣れていて、何百回も同じことをしてきたような——変な感覚に襲われた。でも深く考える前に、アッシュは話題を変えた。
「で、灯台に行くって? 面白そうだなあ。ここ最近、退屈してたんだよ。歌のネタも尽きてきたし」
「え?」
「一緒に行ってもいい?」
突然の申し出に、わたしは目をぱちくりさせた。
「俺、戦えないし魔法も大して使えないけど、歌なら歌えるよ。士気向上と娯楽担当。あと情報通だから、航路の噂話とか、各地の事情とか、結構役に立つと思うんだけど」
「でも、危険な旅だよ? 灯台の試練もあるし、消灯域も越えなきゃいけないし……」
「危険じゃない旅なんてつまらない。歌い甲斐がないじゃないか」
アッシュが弦琴を掲げた。
「考えてみてくれよ。世界の果てまで行って帰ってきたら、とんでもない歌が書ける。千年に一曲の傑作だ。吟遊詩人としては、見逃せないチャンスなんだよ」
千年に一曲。さらっとすごいことを言っている。
わたしはイグニスとソレイユとマリンの顔を思い浮かべた。それからリラさんの顔も。仲間の意見を聞くべきかもしれないけれど――。
「……いいよ」
直感だった。巫女の直感。
この人の灯火は、不思議な色をしていた。普通の人の灯火は一色か、せいぜい二色のグラデーションだ。でもアッシュの灯火は、何層にも色が重なっている。琥珀色の表面の下に、深い青、淡い緑、くすんだ銀、そしてそれらの奥に——とても古い、けれど消えていない、金色の芯。
見たことのない灯火だった。人の灯火には、それぞれの人生の年輪が刻まれている。アッシュの灯火には、普通の人間よりもずっと多くの年輪が重なっているように見えた。
気のせいかもしれない。でも、嫌な感じはしなかった。
「ありがとう、ルナ。後悔はさせないよ」
アッシュはにっこり笑って、わたしの手を握った。握手の手は温かかったけれど、手のひらの皮膚は不思議に滑らかだった。旅人にしては、胼胝や傷が少なすぎる。
翌朝、出航の準備をした。
漂流教会で水と食料を補給し、リラさんの荷物とアッシュの荷物を灯船に積み込む。リラさんの荷物は薬草と灯守りの道具で、きちんと整理されていた。アッシュの荷物は弦琴と小さな旅袋だけ。身軽すぎるくらい身軽だ。
六人。
小さな灯船に六人は多すぎるかと思ったけれど、マリンが「甲板を改装すれば寝場所は確保できる」と言って、あっという間に船上の空間を再配置した。さすが天才操舵手。船のことなら何でもわかるらしい。
出航の合図は、わたしの灯しの光だった。
手のひらに灯火を灯し、高く掲げる。橙色の光が朝の海に映って、漂流教会の白い壁を照らした。聖堂の前にいた旅人たちが手を振ってくれた。
「行ってきます!」
帆が風を孕み、マリンが舵を切り、灯船が漂流教会を離れていく。
船上は、嘘みたいに賑やかだった。
マリンが舵を握り、「おい、そこの新入り二人、邪魔だからどけ」と怒鳴り、アッシュが「はいはい」と笑いながら甲板の隅に移動する。ソレイユが海図を広げて「次の針路は南南西、十五度の修正が必要だ」と指示し、リラさんが「この海域は潮流が不安定だから気をつけて」と経験者の助言を添える。イグニスは船首に座って、いつも通り無言で海を見ている。
わたしは——お昼ご飯の仕込みをしていた。
漂流教会でもらった食材がたくさんあるうちに、保存食を作っておこう。干し肉の漬け込みと、パンの仕込みと、それからスープの素を作っておけば、しばらくは食事に困らないはず。
「ルナ、それ何作ってるの?」
アッシュが調理場を覗き込んできた。
「スープの素。玉葱と香草を炒めて干しておくと、水で溶くだけでスープになるんだよ」
「へえ、便利だな。料理上手なんだね」
「おばあちゃんに教わったの。船旅は食事が大事だって」
「いいこと言うなあ、お祖母さん。旅は胃袋から始まる、ってね」
アッシュは弦琴を膝に置いて、鼻歌まじりにわたしの調理を眺めていた。邪魔にならない距離感で、でも話しかけやすい位置にいる。人との距離の取り方が上手い人だった。
「ねえアッシュ、他にも灯台の歌って知ってる?」
「いくつかね。灯台の歌は各地で少しずつ歌詞が違うんだ。面白いのは、どの版にも共通する一節があること」
「どんな?」
「『灯台は犠牲を求めているのではない。犠牲を払う覚悟を試しているだけだ』。これだけは、どの島のどの版でも、必ず入ってる」
おばあちゃんの言葉と、重なる。犠牲を払わない方法を探しなさい。灯台は本当に犠牲を求めているのか。もしかしたら、違うのかもしれない。
「アッシュは、どう思う? 灯台は本当に犠牲を求めてると思う?」
「どうだろうねえ」
アッシュは空を見上げた。雲のない青空。陽射しが海面を金色に染めている。
「俺は吟遊詩人だから、歌を歌うだけだよ。答えを出すのは、旅人の仕事だ」
笑いながら言ったけれど、その目は笑っていなかった。琥珀色の瞳の奥に、ずっと昔の何かを思い出しているような、遠い光があった。
でもそれは一瞬で消えて、アッシュはまたいつもの陽気な顔に戻って弦琴をかき鳴らし始めた。
「♪ 六人の旅人が海に出た 巫女と剣士と学者と船乗り 泣き虫巫女に元お姉さん 調子のいい歌うたい ♪」
「即興!? しかも『泣き虫巫女』って誰のこと!?」
「さあ誰のことだろうねえ」
アッシュがけらけら笑った。わたしは頬を膨らませたけれど、マリンが「お、いい歌じゃん」と手拍子を打ち始めて、ソレイユまで口元を緩めていたので、怒る気が失せてしまった。
六人の船。
にぎやかな船。
世界の果ては、まだ遠い。でも、この船でなら行ける気がする。
夜。
わたしは甲板の端に座って、月明かりに照らされた海を見つめていた。
船室からは、ルナちゃんの寝息がかすかに聞こえる。穏やかな、安らかな寝息。あの子は、どこでもすぐに眠れるらしい。エレナさんもそうだった。「寝つきのいいのが巫女の特技よ」と冗談を言っていた。
似ている。
本当に、似ている。笑い方も。灯火の色も。料理の味まで。
今日、あの漁師煮込みを口にした瞬間、十年前の記憶が鮮やかに蘇った。嵐の夜、小さな灯船の上でエレナさんが作ってくれた煮込み料理。同じ味だった。同じ温かさだった。
あの温かさに、わたしは——すがりそうになった。
エレナさんの代わり。
そう思ってしまいそうな自分がいた。ルナちゃんの傍にいれば、エレナさんの傍にいるような気持ちになれる。あの旅の続きができる。十年前に果たせなかったことを、今度こそ。
でも、それは違う。
ルナちゃんはエレナさんじゃない。似ているけれど、同じ人じゃない。エレナさんの娘であって、エレナさんの代わりじゃない。
この子をエレナさんの身代わりにしてはいけない。
この子の旅に、十年前の贖罪を持ち込んではいけない。
……わかっている。頭ではわかっている。
でも、心がついていかない。
あの日、消灯域の手前でわたしの灯火が枯渇した時、エレナさんは自分の灯火を削ってわたしを助けてくれた。わたしのせいで、エレナさんの灯火は確実に減った。万全の状態なら越えられたかもしれない消灯域を、灯火を削った状態で越えようとして——帰ってこなかった。
わたしのせいだ。
どう考えても、そうだ。
だからわたしは贖罪をしなければならない。エレナさんの娘を守って、灯台まで送り届けて、そうすれば少しは——
風が吹いた。
髪が揺れる。潮の匂いに混じって、ほのかに甘い匂いがした。ルナちゃんが夕食の片付けの時にこぼした蜂蜜の匂いだ。
……この子は、母の代わりじゃない。
わたしはもう一度、自分に言い聞かせた。
この子はルナ・カンデラ。十五歳の巫女見習い。明るくて、食いしん坊で、誰にでも優しくて、自分の命を軽く見すぎるところがある。エレナさんに似ているけれど、エレナさんとは違う旅をしようとしている。犠牲を払わない方法を探す旅。
わたしが果たすべきは、エレナさんへの贖罪じゃない。
ルナちゃんを——ルナちゃん自身の旅を、支えること。
そのために、わたしはここにいるべきだ。
贖罪のためじゃなく。
……本当にそうだろうか。
本当に、わたしはそれができるだろうか。
十年分の後悔を背負ったまま、この子の傍にいて、この子をこの子として見続けることが、わたしにできるだろうか。
答えは出なかった。
月が雲に隠れて、海が暗くなった。わたしの灯火がぼんやりと足元を照らしている。緑がかった光。エレナさんに比べれば、こんなにも弱い光。
でも、まだ消えてはいない。
十年間、消えなかった。消灯域の手前で枯渇しかけた灯火が、十年かけて、ここまで戻った。弱いけれど、消えてはいない。
それだけで、今は十分なのかもしれない。
消えない限り、わたしには旅ができる。
船室から、ルナちゃんの寝返りを打つ音が聞こえた。
「……りら、さん……」
寝言だ。わたしの名前を呼んでいる。
胸が、きゅっと痛んだ。
この子は、わたしの名前を覚えてくれている。たった半日の出会いで、もう寝言に出るくらい。エレナさんもそうだった。出会ったその日に、もう仲間みたいに扱ってくれた。
似ている。
でも、同じじゃない。
この子はルナ。エレナさんの娘で、エレナさんとは別の人。
わたしはその子の旅に、同行する。
贖罪としてではなく——いつか、そう言えるようになりたい。
月が雲間から顔を出した。銀色の光が海面に降りて、波の一つ一つを照らした。
わたしは立ち上がり、船室に戻った。ルナちゃんの隣の寝台に横たわると、あの子の灯火の温かさが、ほんのりと伝わってきた。
眠れるだろうか。
十年ぶりに、誰かの傍で眠る夜。
目を閉じると、まぶたの裏にエレナさんの笑顔が浮かんだ。「行ってくるね」と言って旅に出た、あの朝の笑顔。
エレナさん。
あなたの娘は、今、わたしの隣にいます。
あなたの灯火と同じ色の光が、こんなに近くで燃えています。
わたしは——この光を、今度こそ守れるでしょうか。
答えのない問いを抱えたまま、リラ・ファナルは眠りに落ちた。